物価・人件費・金利の上昇や人手不足など、中小企業を取り巻く環境は年々厳しくなっています。
その一方で、国税庁の法人企業統計調査によると、令和5年度は全体の39%が黒字法人となり、過去最大の黒字法人比率となりました(リーマンショック時の最悪値は約20%台)。
中小企業庁の2024年版中小企業白書でも、付加価値と利益を確保しつつ、賃上げ(2023年春闘中小企業賃上げ率3.23%)や設備投資を進めることの重要性が強調されています。
その前提として欠かせないのが「継続的な黒字化」です。
この記事では、「なぜ会社は黒字にならなければならないのか」を最初に整理したうえで、
黒字化に向けて実際に何から取り組めばよいかを、税理士の視点で分かりやすく解説します。
1. なぜ、会社は黒字にならなければならないのか
1-1. 事業を継続し、賃上げ・投資を行うため
黒字(利益)は、会社が将来に向けて使える「原資」です。
中小企業白書では、中小企業が生産性を高め、賃上げや設備投資、人材確保を進めて地域経済をけん引していくことが、日本経済全体の発展につながると示されています。
しかし、そのための原資は最終的に利益からしか生まれません。特に人手不足が深刻化する中、営業利益向上による賃上げ余力の創出が不可欠とされています。
- 老朽化した設備の更新・DX投資
- 人材採用・賃上げ・教育研修費
- 新商品開発・新規事業へのチャレンジ
これらを行うためには、毎期安定して黒字を確保し、内部留保を積み上げていく必要があります。
1-2. 金融機関からの信用力を高めるため
中小企業の多くは、日本政策金融公庫や民間金融機関からの借入れにより運転資金・設備資金を確保しています。
日本政策金融公庫の景況・動向調査でも、企業の黒字・赤字状況(採算DI)が継続的に調査されており、収益力が資金繰りに大きな影響を与えることが示されています。
赤字決算でも支援制度を活用すれば融資を受けられる場合はありますが、審査では
- 継続して黒字を出せているか
- 赤字の場合でも、黒字化に向けた改善計画が妥当か
といった「収益力」が重視されます。
常に赤字体質の会社よりも、安定して黒字を計上している会社の方が、借入枠の維持・拡大や条件の有利な融資を受けやすくなります。
1-3. 将来のリスクに備えるため
景気悪化・取引先の倒産・災害など、経営には予測できないリスクがつきものです。
中小企業庁や金融庁の資料では、こうした変化に対応するための投資資金や運転資金の確保が課題として挙げられています。
黒字によって内部留保(自己資本)を厚くしておくことで、
- 一時的な売上減少があっても倒産せずに耐えられる
- 急な設備故障などに自己資金で対応しやすくなる
- 金融機関からの追加融資も受けやすくなる
といった「財務のクッション」を持つことができます。
1-4. 税務面のメリット・デメリット
赤字であっても、法人住民税の均等割など「必ず支払う税金」は存在します(例: 資本金1,000万円以下の場合は年7万円程度)。また、赤字(欠損金)は翌期以降の黒字と相殺(繰越控除)できますが、そのためには青色申告など一定の要件を満たす必要があります。
この欠損金の繰越控除の期間は原則10年間で、将来の法人税を軽減できるメリットがあります。
しかし、毎期赤字が続いていると、税務上のメリットよりも資金繰り悪化や信用低下のデメリットが大きいのが実務上の実感です。
以上のように、黒字化は単に「税金を払うため」ではなく、会社の継続・成長・信用力の源泉となる重要な条件なのです。
2. 黒字化の第一歩は「現状を正しく知る」こと
2-1. 月次決算で“今の位置”を把握する
黒字化の相談を受ける際、まず確認するのが「月次の試算表がタイムリーに出ているか」です。
年に1回の決算だけでは、問題点に気づいたときにはすでに手遅れ…ということも少なくありません。
- 毎月、遅くとも翌月末までに試算表を作成する
- 売上・粗利益・人件費・家賃など主要項目の推移をチェックする
- 前年同月比・予算比で「どこがズレているか」を確認する
まずは「数字をタイムリーに見る習慣」をつけることが、黒字化の出発点です。
2-2. 損益分岐点(トントンライン)を把握する
次に重要なのが、損益分岐点売上高を把握することです。
- 売上高 − 変動費(仕入・外注など) − 固定費(人件費・家賃など) = 利益
- 損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率(=1 − 変動費率)
例えば、固定費が毎月300万円、変動費率が60%の会社であれば、限界利益率は40%なので、
損益分岐点売上高は 300万円 ÷ 40% = 750万円 となります。
この場合、「月商750万円を超えれば黒字、下回ると赤字」という目安がはっきりします。
損益分岐点が分かれば、「売上を増やすのか」「変動費・固定費を下げるのか」、具体的な打ち手を考えやすくなります。
3. 黒字化のための具体的な打ち手
3-1. 売上高を増やすための3つの視点
売上は、次の3つの掛け算で考えると整理しやすくなります。
- 客数(新規顧客・リピート顧客)
- 客単価(単価・セット販売・上位サービスの提案)
- 購入頻度(リピート・定期契約・保守・サブスクなど)
中小企業白書では、中小企業が付加価値を高め、適切な価格設定・価格転嫁を行う重要性が指摘されています。
例えば、2023年9月の価格転嫁率はコスト全体で45.7%と改善傾向にあり、価格交渉希望企業のうち「発注企業から申し入れあり」の割合が14.3%に上昇しています。
「値上げ=悪」ではなく、提供している価値に見合った価格設定を行い、原価上昇を正しく価格に反映させることが黒字化には欠かせません。
3-2. 粗利益率(売上総利益率)を改善する
黒字化のためには、売上高を増やすだけでなく、粗利益(売上総利益)を増やすことが重要です。
- 採算の悪い商品・サービスの見直し(値上げ・撤退の検討)
- 仕入先・外注先の見直し、ロットの適正化
- 不採算な値引き・サービスの是正
粗利益率の低い商品に頼っていると、売上が増えても利益が残りません。
「売れる商品」と「儲かる商品」は別物であることを意識し、自社の利益に貢献している商品・サービスに注力することが大切です。
3-3. 固定費を“計画的に”見直す
固定費の削減は、黒字化に直結しますが、やみくもなコストカットは人材流出やサービス低下を招くリスクがあります。
次のようなステップで「ムダ」を減らしていきましょう。
- 固定費を項目ごとに一覧化し、多い順に並べる
- 「売上・生産性に直結しないコスト」から優先的に見直す
- 不要なサブスク・保守契約・広告費などを精査する
- 人件費は「残業削減」「生産性向上」で負担を軽くする
一度に大きく削るのではなく、小さな見直しを積み重ねることが、社員のモチベーションを保ちながら黒字化を進めるポイントです。
4. 黒字化とあわせて考えたい「資金繰り」の視点
4-1. 「黒字なのにお金が足りない」を防ぐ
黒字決算でも、売掛金の回収が遅かったり、在庫が過大だったりすると、資金繰りが苦しくなることがあります。
中小企業向けの調査でも、黒字にもかかわらず資金調達を課題として挙げる企業は少なくありません。
黒字化と同時に、次のような「資金繰りの基本」を押さえておきましょう。
- 売掛金の回収条件を見直し、入金サイトを短くする
- 在庫の適正在庫水準を決め、ダブつきを防ぐ
- 借入金の返済計画を、利益とキャッシュフローに合わせて組む
4-2. 公的金融機関・支援制度の活用
一時的な業績悪化や外部環境の変化に対しては、日本政策金融公庫の「経営環境変化対応資金(セーフティネット貸付)」など、公的な支援制度を活用できる場合があります。
また、設備投資を通じて黒字化を加速させるための「中小企業経営強化税制」など、税制優遇制度の活用も有効です。この制度では、認定を受けた経営力向上計画に基づく設備取得に対し、即時償却(一部取得価額の50%)または税額控除(最大10%)が受けられます。
こうした制度を活用しながら、黒字化に向けた改善計画をしっかり立てることが重要です。
5. 黒字化を実現するための「数字の見える化」習慣
5-1. 毎月見るべき基本指標
黒字化に向けて、次のような指標を毎月チェックすることをおすすめします。
- 売上高(前年同月比・予算比)
- 売上総利益(粗利益)および粗利益率
- 人件費比率・販管費比率
- 営業利益・経常利益
- 現預金残高・借入金残高・月商に対する借入金の倍率
これらを一覧にして「毎月の経営会議」で確認するだけでも、黒字化に向けた意思決定のスピードは大きく変わります。
5-2. 税理士を「決算の人」から「経営のパートナー」へ
税理士は、単に決算・申告をするだけでなく、黒字化・資金繰り改善の伴走役として活用することができます。
認定経営革新等支援機関として登録されている税理士であれば、「経営力向上計画」の策定支援や税制優遇の活用など、より踏み込んだ経営支援も可能です。
「どこから手をつければいいか分からない」「数字を見るのが苦手」という場合こそ、
税理士と一緒に現状分析 → 課題整理 → 黒字化シナリオの作成、という流れをつくることをおすすめします。
6. まとめ ― 黒字化は「一発逆転」ではなく「仕組みづくり」
黒字化は、単発のコストカットや一時的な売上増で達成するものではありません。
公的機関の調査や白書が示すように、中小企業が持続的に成長していくためには、利益を生み出す体質と仕組みづくりが不可欠です。
そのために大切なのは、次の3つです。
- なぜ黒字でなければならないのかを経営者自身が理解すること
- 月次決算・損益分岐点・主要指標で「現状を見える化」すること
- 売上・粗利・固定費・資金繰りの4つの視点から、具体的な改善策を継続すること
「どうすれば黒字化できるか?」と悩まれている経営者の方は、
まずは現在の数字を一緒に整理し、御社の実情に合った黒字化プランを作成するところから始めてみませんか。








