「仕事は増えている。社員も忙しそう。そろそろもう1人採用した方がいいのではないか。」
会社が成長してくると、経営者が悩むのが「人を増やすタイミング」です。
一方で、社員を1人採用すると、毎月の給与だけでなく、会社負担の社会保険料、賞与、通勤費、採用費、パソコンや机など、さまざまな費用が発生します。
そのため、採用を考えるときに「月給30万円だから年間360万円」と給与だけで判断するのは危険です。
大切なのは、その社員を1人採用すると会社全体で年間いくら負担が増えるのか。そして、その人件費をまかなうために、いくら粗利益を増やす必要があるのかを事前に確認することです。
今回は、社員をもう1人採用するかどうかを、感覚ではなく数字で判断するための基本的な考え方を解説します。
1.「忙しいから採用する」だけでは判断材料が足りない
社員が残業している、社長自身が現場から抜けられない、仕事を断ることが増えてきた――こうした状況は、採用を検討する大切なサインです。
しかし、「忙しい=すぐ採用して大丈夫」とは限りません。
一時的な繁忙期だけなのか、それとも今後も仕事量が続くのかによって判断は変わります。
また、売上が増えていても、利益率の低い仕事ばかり増えているのであれば、新しい社員の人件費を十分にまかなえない可能性があります。
採用前には、仕事量だけでなく利益と資金繰りを一緒に確認することが重要です。
2.社員1人のコストは「給与」だけではない
社員を採用するとき、最初に考えるのは月給でしょう。しかし、会社が実際に負担する金額は給与だけではありません。
社員1人を採用したときに考えたい主な費用
- □ 毎月の給与
- □ 賞与
- □ 会社負担の社会保険料・労働保険料
- □ 通勤手当などの各種手当
- □ 採用広告・人材紹介などの採用費
- □ パソコン・モニター・机・椅子などの設備費
- □ ソフトウェアやクラウドサービスの利用料
- □ 制服・備品など
- □ 教育・研修にかかる費用
さらに、新入社員が仕事を覚えるまでは、既存社員が教育に時間を使うこともあります。
採用判断では「月給はいくらか」ではなく「年間で会社はいくら負担するのか」を見る必要があります。
3.月給30万円なら年間人件費はいくら?
分かりやすくするため、月給30万円の社員を1人採用するケースを考えてみましょう。
例:月給30万円の社員を採用
月給 30万円 × 12か月 = 360万円
賞与 60万円
給与・賞与合計 420万円
これだけを見ると、「年間420万円の負担」と考えてしまいます。しかし実際には、会社負担の社会保険料や労働保険料なども発生します。
仮にこれらの会社負担分を給与・賞与の15%程度として概算すると、
420万円 × 15% = 約63万円
給与・賞与420万円 + 会社負担分63万円
= 約483万円
さらに通勤費、採用費、パソコンなどを考えれば、初年度の会社負担は500万円を超えることもあります。
なお、社会保険料等の実際の負担額は、給与額、賞与額、加入する制度、都道府県、年度、年齢などによって異なります。15%は採用判断の考え方を示すための概算例です。
4.年間500万円の人件費なら、売上を500万円増やせばいい?
ここでよくある勘違いがあります。
年間500万円の人件費が増えるなら、「売上を500万円増やせば採用できる」と考えてしまうことです。
しかし、売上には仕入や材料費、外注費などがかかるため、売上500万円がそのまま人件費の支払いに使えるわけではありません。
採用判断で重要なのは、売上ではなく「粗利益」や「限界利益」がどれだけ増えるかです。
5.粗利益率40%なら、500万円の人件費をまかなうために必要な売上は?
例えば、会社の粗利益率が40%だとします。
年間500万円の追加人件費を粗利益でまかなうために必要な売上を単純計算すると、
500万円 ÷ 40% = 1,250万円
となります。
つまり、粗利益率40%の会社では、年間500万円の人件費を追加する場合、単純計算では年間1,250万円の売上増が必要です。
1,250万円 ÷ 12か月 = 約104万円/月
もちろん、実際には採用によって社長や既存社員の時間が空き、その時間で新しい仕事を獲得できる場合もあります。
大切なのは、「1人採用することで、会社全体として年間500万円以上の追加粗利益を生み出せるか」という視点です。
6.粗利益率によって必要な売上は大きく変わる
同じ年間500万円の追加人件費でも、会社の粗利益率によって必要な売上は大きく変わります。
| 粗利益率 | 年間500万円をまかなうために必要な売上の目安 |
|---|---|
| 20% | 2,500万円 |
| 30% | 約1,667万円 |
| 40% | 1,250万円 |
| 50% | 1,000万円 |
| 60% | 約833万円 |
この表を見ると、「社員1人の給与はいくらか」だけで採用判断できないことがよく分かります。
自社の粗利益率を把握していなければ、「あといくら売上を増やせば採用できるのか」も見えてきません。
7.採用した社員本人が500万円稼がなければいけない?
「年間500万円かかる社員なら、その人自身が500万円以上の利益を生まなければいけない」と考えることがあります。
営業職などでは、そのような見方がしやすい場合もあります。しかし、事務職、経理担当者、製造補助、バックオフィスなどは、本人の売上を直接測れないこともあります。
その場合は、その人を採用することで会社全体の生産性がどう変わるかを考えます。
例えば
- 社長が事務作業から解放され、営業活動に時間を使える
- 既存社員の残業が減る
- これまで断っていた仕事を受けられる
- 納期が短くなり、受注件数を増やせる
- 顧客対応が改善し、解約や失注を減らせる
採用の効果は、必ずしも新入社員本人の売上だけで判断するものではありません。
8.「社長の時間が空く」ことにも価値がある
中小企業では、社長自身が営業、現場、見積り、請求、採用、経理など、さまざまな仕事を抱えていることがあります。
社員を1人採用することで、社長が毎月40時間、50時間と現場作業から離れられるのであれば、その時間を何に使えるかを考えてみましょう。
新規営業、既存顧客への提案、採用、商品開発、価格改定、資金調達など、社長にしかできない仕事へ時間を振り向けることで、会社全体の利益が増える可能性があります。
採用判断では、「その人が何をするか」と同時に、「その人を採用することで、誰の時間が空くのか」も重要です。
9.採用後すぐに売上が増えるとは限らない
新しい社員を採用しても、入社した翌月から十分な利益を生み出せるとは限りません。
採用活動、入社手続き、研修、引継ぎ、教育などが必要です。業種や職種によっては、戦力になるまで数か月かかることもあります。
その間も給与や社会保険料などの支払いは発生します。
だからこそ、採用前には「採用後6か月程度、想定より売上が増えなくても資金繰りは大丈夫か」という視点で確認しておくことが重要です。
10.利益が出るかだけでなく「現金があるか」を確認する
採用判断では損益計算書だけでは足りません。会社に十分な現金があるかも確認しましょう。
採用直後に賞与、税金、借入金返済、設備投資などの大きな支払いが重なると、決算上は黒字でも資金繰りが苦しくなることがあります。
採用前に確認したい資金繰り
- □ 現在の預金残高はいくらか
- □ 毎月の固定費はいくらか
- □ 税金・社会保険料の支払予定はあるか
- □ 借入金の毎月返済額はいくらか
- □ 今後、設備投資や大きな支払いがないか
- □ 売上が計画どおり増えなくても給与を払えるか
11.採用前に「3つのケース」を作ってみる
採用を決める前に、採用後の数字を3パターン程度で試算すると判断しやすくなります。
| ケース | 想定 | 確認すること |
|---|---|---|
| 順調ケース | 計画どおり売上・粗利益が増える | 利益はいくら増えるか |
| 慎重ケース | 売上増加が計画の半分程度 | それでも黒字を維持できるか |
| 厳しいケース | 半年程度、売上がほとんど増えない | 資金繰りに耐えられるか |
採用は、一度行うと簡単に元へ戻せる経営判断ではありません。
そのため、「予定どおりにいった場合」だけでなく「予定どおりにいかなかった場合」も事前に数字で確認しておくことが大切です。
12.採用しない場合の「見えない損失」も考える
ここまで採用コストを見てきましたが、反対に採用しないことによる損失もあります。
- 仕事を断っている
- 納期が延びている
- 既存社員の残業が増えている
- 社長が営業活動をできていない
- 社員の疲労が蓄積している
- 新しい事業に取り組めない
例えば、人手不足のため毎月100万円の仕事を断っているのであれば、年間では1,200万円の売上機会を失っていることになります。
もちろん、その1,200万円すべてが利益ではありませんが、採用コストだけを見て「高い」と判断すると、会社の成長機会を逃すこともあります。
13.正社員以外の選択肢も数字で比較する
「人手が足りない=正社員を1人採用する」と決めつける必要はありません。
仕事内容によっては、パート・アルバイト、外注、業務委託、派遣、ITによる自動化など、別の方法が適している場合もあります。
例えば、月末だけ忙しい仕事なら、年間を通して正社員を雇うより、繁忙期に合わせた人員配置の方が効率的なこともあります。
「何の仕事が足りないのか」「月に何時間必要なのか」を整理したうえで、複数の選択肢を金額で比較してみましょう。
14.採用前に「1人あたりの売上・粗利益」を見てみる
自社の生産性を見る一つの方法として、社員1人あたりの売上や粗利益を確認する方法があります。
例
年間売上高 1億円
年間粗利益 4,000万円
社員数 10人
1人あたり売上高 1,000万円
1人あたり粗利益 400万円
ただし、業種、役割、正社員・パートの構成などによって適正水準は大きく異なります。
単純に他社と比較するのではなく、自社の過去と比べて生産性が上がっているか、下がっているかを見ると役立ちます。
15.採用後は「予定と実績」を毎月確認する
採用したら、それで終わりではありません。採用前に作った計画と実際の数字を毎月比較しましょう。
- □ 売上は予定どおり増えているか
- □ 粗利益は増えているか
- □ 人件費は想定の範囲内か
- □ 残業は減ったか
- □ 社長や既存社員の時間は空いたか
- □ 現金預金は想定以上に減っていないか
採用による効果が数字に表れるまで時間がかかる場合もありますが、計画と実績の差を毎月確認することで、早めに対策を打てるようになります。
税理士事務所からのワンポイントアドバイス
採用について相談を受けると、「もう1人雇っても大丈夫でしょうか?」と聞かれることがあります。
そのときに確認したいのは、単に現在黒字かどうかだけではありません。
年間人件費はいくら増えるのか、その人件費をまかなうために必要な粗利益はいくらか、採用後すぐに売上が増えなくても現金は持つのか。
ここまで確認すると、採用判断はかなり具体的になります。
また、人を採用することは「コストを増やすこと」だけではありません。社長や既存社員の時間を生み出し、会社が次の仕事を受けられる体制をつくる投資でもあります。
だからこそ、「人件費が高いから採用しない」「忙しいからとりあえず採用する」のどちらでもなく、数字を見ながら判断することが大切です。
社員をもう1人採用しても大丈夫か、数字で確認してみませんか?
澤田匡央税理士事務所では、毎月の試算表を税金の計算だけで終わらせず、売上、粗利益、人件費、営業利益、資金繰りなどを経営判断に活用することを重視しています。
「もう1人採用したいが、人件費を払っていけるか不安」
「採用するために売上をいくら増やせばよいか知りたい」
「人件費が増えすぎていないか確認したい」
「採用後の利益予測・資金繰りを作りたい」
このようなお悩みがある経営者の方は、採用を決める前に一度数字を整理してみましょう。
まとめ
社員をもう1人採用するか判断するときは、月給だけを見るのではなく、会社全体への影響を数字で確認することが大切です。
- 給与・賞与・会社負担の社会保険料などを含めた年間人件費を把握する
- 追加人件費をまかなうために必要な粗利益を計算する
- 自社の粗利益率から必要な売上を考える
- 採用後すぐに売上が増えなくても資金繰りが持つか確認する
- 採用しないことによる機会損失も考える
- 採用後は計画と実績を毎月比較する
採用は会社にとって大きな固定費の増加である一方、将来の売上や利益を増やすための重要な投資でもあります。
「雇えるかどうか」ではなく、「雇った後に会社の数字がどう変わるのか」を見えるようにしてから決める。
それが、安心して採用に踏み切るための第一歩です。
参考・補足
本記事の数値例は、採用と人件費の関係を分かりやすくするために単純化したものです。社会保険料等の会社負担額は、実際には給与・賞与、加入制度、都道府県、年齢、年度等によって異なります。
※実際の採用判断では、雇用条件、社会保険・労働保険、残業代、各種手当、採用費、教育費、設備費、会社の利益状況、資金繰りなどを個別に確認する必要があります。本記事の「15%」等の数値は説明用の概算例であり、実際の保険料率を示すものではありません。採用前には自社の実際の条件を使って試算してください。







