原材料費、エネルギー費、物流コスト、人件費の上昇が続くなか、
中小企業にとって「適正な利益を確保すること」はこれまで以上に重要になっています。
特に、賃上げを実現するためには、社内努力だけでなく、
取引先との価格交渉・価格転嫁に取り組むことが欠かせません。
「値上げをお願いすると取引を失うのではないか」
「価格交渉をどう切り出せばよいか分からない」
と悩む経営者の方も多いのではないでしょうか。
しかし、過度に我慢して価格を据え置き続けると、
資金繰りの悪化、人材流出、品質低下などにつながるおそれがあります。
この記事では、価格交渉を進めるための実務ポイントと、
税理士事務所・会計事務所ができるサポートについてわかりやすく解説します。
1.なぜ今、価格交渉が重要なのか
近年、資源高、円安、人手不足、最低賃金の引き上げなどにより、
多くの中小企業でコスト負担が増加しています。
厚生労働省の公表によれば、令和7年度の地域別最低賃金の全国加重平均は
1,121円となり、前年度から66円引き上げられました。
人材確保や定着のためには、賃上げへの対応が避けられません。
その原資を確保するためには、原価管理や生産性向上に加え、
取引先との価格交渉により、適正な利益を確保することが重要です。
中小企業庁も、持続的な賃上げを実現するためには、
中小企業が価格交渉・価格転嫁を行いやすい取引環境を整備することが重要であるとして、
価格交渉・価格転嫁の支援ツールを公開しています。
2.「過度な我慢経営」はリスクになります
「取引先に迷惑をかけたくない」
「値上げをお願いするのは心苦しい」
という気持ちから、コスト上昇分を自社で吸収し続けている会社もあります。
しかし、過度な我慢経営には次のようなリスクがあります。
- 利益が減少し、資金繰りが苦しくなる
- 設備投資や人材育成に回す資金が不足する
- 賃上げができず、人材の定着や採用が難しくなる
- 品質やサービス水準を維持できなくなる
- 社長や従業員の負担が増え、疲弊する
適正な価格をいただくことは、単なる値上げではありません。
会社を継続し、従業員を守り、取引先へ安定した品質やサービスを提供し続けるための経営活動です。
3.取引適正化の法環境も整備されています
近年、国は中小企業が価格交渉・価格転嫁をしやすい環境づくりを進めています。
令和8年1月1日からは、下請中小企業振興法が
受託中小企業振興法へと改められ、
事業者間の価格転嫁や取引適正化を図る制度整備が進められています。
中小企業庁は、発注者・受注者の対等な関係に基づき、
事業者間における価格転嫁および取引の適正化を図ることを目的として、
改正法の周知や支援策を公表しています。
価格交渉は、相手方に一方的な負担を求めるものではありません。
原材料費、エネルギー費、労務費などの変動を客観的に示し、
双方が継続的に取引できる条件を整えるための話し合いです。
4.価格交渉を始める前に、自社の数字を確認しましょう
価格交渉を行うには、まず自社の原価構造を把握する必要があります。
「何となく利益が減っている」ではなく、
どの費用が、いつから、どれだけ増えているのかを数字で説明できるようにしておきましょう。
- 原材料費の上昇額
- 電気代・燃料費・運送費の増加額
- 最低賃金や人件費の上昇額
- 外注費や仕入単価の変動
- 商品別・取引先別の粗利益率
- 値上げしない場合の利益への影響
中小企業庁や中小機構は、商品別・取引先別の収支状況やコスト構造を可視化できる
価格転嫁検討ツール等を案内しています。
こうした資料を活用することで、交渉の根拠を整理しやすくなります。
5.価格交渉力を高める5つの実践ポイント
(1)業界・同業他社の動向を把握する
自社だけでなく、業界全体で価格改定が進んでいるかを確認しましょう。
業界団体、大手企業のプレスリリース、新聞報道、地域の会合などから情報を集めることで、
交渉のタイミングや説得材料を得やすくなります。
(2)交渉のタイミングと順番を考える
取引先の業界や事業特性を理解し、価格改定を申し入れるタイミングを検討します。
複数の取引先がある場合は、業界や地域のプライスリーダーから交渉を始めることで、
他社との交渉も進めやすくなる場合があります。
(3)書面で事前に申し入れる
価格交渉は、口頭だけでなく、書面で申し入れることが望ましいです。
現在の取引条件、コスト上昇の内容、希望する改定内容、改定時期などを明確にしておくことで、
交渉が進めやすくなります。
(4)説明資料を準備する
原材料費、エネルギー費、労務費、物流費などの上昇を示す資料を準備しましょう。
単に「値上げしてください」とお願いするのではなく、
「このコストがこれだけ上がり、現行価格では適正利益を確保できない」と説明することが重要です。
(5)自社の付加価値や代替案も示す
価格交渉は、値上げだけを求める場ではありません。
自社が提供している品質、納期対応、技術力、提案力、アフターサービスなどの付加価値を伝えることも大切です。
また、仕様変更、ロット数の見直し、納期調整、工程改善など、双方にとって納得しやすい代替案を用意すると、
交渉が前向きに進みやすくなります。
6.発注後の価格変更にも備えましょう
Webサイト制作、出版物制作、建設工事、受注生産品など、
見積段階と完成段階で作業量や原価が変わりやすい業務では、
あらかじめ見積書に取引条件を明示しておくことが重要です。
たとえば、次のような項目を見積書や契約書に記載しておくと、
後日のトラブルを防ぎやすくなります。
- 見積金額の前提となる仕様・数量・納期
- 追加作業が発生した場合の料金
- 原材料費や外注費が大幅に変動した場合の再協議条項
- 修正回数や対応範囲
- 納期変更や仕様変更があった場合の取扱い
想定外の作業量やコスト増加が発生した場合には、
できるだけ早く取引先へ状況を説明し、再交渉することが重要です。
早期の相談が、トラブル回避と信頼関係の維持につながります。
7.賃上げを実現するには、利益の見える化が必要です
賃上げは、社員の生活を支え、人材定着や採用力を高めるうえで重要です。
しかし、利益が十分に確保できていない状態で賃上げを続けると、
資金繰りを圧迫する可能性があります。
そのため、賃上げを検討する際には、
次のような数字を確認しておくことが大切です。
- 現在の人件費総額
- 賃上げによる年間人件費の増加額
- 社会保険料など会社負担分の増加額
- 価格改定で確保すべき売上・粗利益
- 賃上げ後の損益分岐点売上高
- 同業・同規模企業の賃金水準
TKC全国会が提供する「中小企業の賃金指標(賃金BAST)」では、
TKCシステムで処理された賃金データをもとに、
業種別・地域別・年齢別・従業員規模別の賃金水準を確認できます。
令和8年版では、45万社超、185万人超の賃金データが収録されています。
自社の賃金水準を客観的に確認することで、
採用・定着に必要な賃上げ幅や、価格転嫁で確保すべき利益水準を検討しやすくなります。
8.価格交渉は社長だけでなく、会社全体で取り組むテーマです
価格交渉は社長だけの仕事ではありません。
営業担当者、製造現場、管理部門、経理担当者など、
会社全体で情報を共有し、取り組むべき経営課題です。
現場が把握している追加作業や納期対応の負担、
経理が把握している原価や利益率の変化、
営業が感じている取引先の状況を共有することで、
より説得力のある価格交渉ができます。
価格交渉は、企業の成長を支える重要な経営活動です。
適正利益の確保が、持続的な成長と賃上げの原資になります。
9.税理士事務所・会計事務所ができるサポート
価格交渉や賃上げを進めるためには、根拠となる数字の整理が欠かせません。
税理士事務所・会計事務所では、次のようなサポートが可能です。
- 商品別・取引先別の粗利益分析
- 原価率・限界利益率の確認
- 損益分岐点売上高の試算
- 価格改定による利益改善額の試算
- 賃上げによる人件費増加額の試算
- 資金繰りへの影響確認
- 経営計画書・価格交渉資料の作成支援
- 賃金BAST等を活用した賃金水準の確認
「どの取引先から価格交渉すべきか」
「何%値上げすれば利益が確保できるか」
「賃上げしても資金繰りが大丈夫か」
といった点は、数字で確認することが重要です。
10.まとめ
原材料費、エネルギー費、物流費、人件費が上昇するなかで、
中小企業が適正利益を確保するには、価格交渉力を高めることが欠かせません。
過度な我慢経営を続けると、資金繰り悪化、人材流出、品質低下につながるおそれがあります。
価格交渉は、会社と従業員を守り、取引先へ安定した価値を提供し続けるための重要な経営活動です。
価格交渉を成功させるには、原価上昇や人件費増加を数字で示し、
自社の付加価値や代替案も含めて説明することが大切です。
賃上げや価格転嫁に不安がある場合は、早めに税理士事務所・会計事務所へご相談ください。
参考資料
- 中小企業庁「取引適正化、価格交渉・価格転嫁、官公需対策」
- 中小企業庁「価格交渉・転嫁の支援ツール」
- 中小企業庁「受託中小企業振興法(令和8年1月1日施行)」
- 厚生労働省「令和7年度 地域別最低賃金の答申」
- TKC全国会「令和8年版 中小企業の賃金指標(賃金BAST)」
※価格転嫁・最低賃金・支援制度に関する情報は更新されることがあります。公開時・更新時には最新情報をご確認ください。







