2026年9月12日、ハンガリー・ブダペストで行われた「世界陸上アルティメット選手権」の女子やり投げで、北口榛花選手が68メートル92の日本新記録をマークして優勝しました。
World Athleticsの公式結果でも、北口選手は68m92で1位。従来の自身の日本記録を更新し、世界歴代10位タイに並ぶ大記録となりました。
そして、この大会の個人種目優勝賞金は15万米ドル。日本円では為替によりますが、報道では約2,300万円とされています。
そこで税理士事務所として気になるのが、
「この約2,300万円の賞金に税金はかかるのか?」
という点です。
結論から言うと、一般的にはしっかり課税対象になります。
今回は、北口選手のようなトップアスリートが海外大会で得た賞金について、どのように税金がかかるのか、具体的な数字も使って分かりやすく解説します。
1.北口榛花選手の優勝賞金は15万ドル
World Athleticsが公表している「World Athletics Ultimate Championship」の賞金体系では、個人種目の1位は150,000ドルです。
個人種目の主な賞金
1位 150,000ドル
2位 75,000ドル
3位 40,000ドル
4位 25,000ドル
大会全体の賞金総額は1,000万ドル。単一の陸上競技大会として非常に大きな賞金規模となっています。
北口選手は女子やり投げで優勝したため、優勝賞金は15万ドルです。
2.この賞金は非課税ではありません
オリンピックやパラリンピックの一定の報奨金については、所得税法上、非課税となる特別な制度があります。
しかし、今回のような国際競技団体が主催する大会の賞金についてまで、自動的に非課税になるわけではありません。
したがって、北口選手のようなプロ・トップアスリートが大会で得る賞金は、原則として所得税の課税対象になります。
ここがポイント
- オリンピック等の一定の報奨金 → 法律上の非課税制度あり
- 一般の国際大会・民間大会の賞金 → 原則として課税対象
3.所得区分は「事業所得」または「雑所得」
スポーツ大会の賞金が何所得になるかは、選手の活動実態によって変わります。
国税庁は、マラソン大会の賞金について、勤務先のある一般参加者が受け取った入賞賞金を雑所得とした事例を公表しています。
一方で、所得税法上、職業野球選手など自由職業として継続的に活動している者の所得は事業所得になり得ます。
北口選手のように、競技活動を継続的・職業的に行っているトップアスリートについては、実態に応じて事業所得として扱われる可能性が高いと考えられますが、契約関係や活動形態によっては雑所得となることもあり、最終的には個別判断です。
基本的な考え方
収入金額 - 必要経費 = 所得金額
つまり、賞金2,300万円の全額にそのまま税金がかかるわけではありません。
4.遠征費・コーチ料・用具代などは必要経費になり得る
事業所得または業務に係る雑所得として扱われる場合、競技活動のために必要な支出は、要件を満たせば必要経費として差し引くことができます。
例えば、次のような支出が考えられます。
- 海外遠征の航空運賃
- 宿泊費
- 現地交通費
- コーチ・トレーナーへの報酬
- 帯同スタッフの費用
- 競技用具代
- トレーニング費用
- 身体のケア・メンテナンス費用
- 大会参加に直接必要な諸費用
もちろん、実際に経費として認められるかどうかは、競技活動との関連性や証拠書類などによって判断されます。
5.仮に経費500万円なら、所得は1,800万円
ここからは、税金のイメージをつかむために単純化した例で計算してみます。
仮定
賞金収入 2,300万円
必要経費 500万円
2,300万円 - 500万円
= 所得1,800万円
この1,800万円が、そのまま最終的な「課税所得」になるわけではありません。
実際には、基礎控除、社会保険料控除、その他の所得控除、青色申告特別控除の適用可否、さらに他のスポンサー収入や報酬などを合算して最終的な課税所得を計算します。
ただし、概算を理解するためには、まず「賞金-経費=所得」と考えると分かりやすいでしょう。
6.日本の所得税は「累進課税」
日本の所得税は、所得が高くなるほど税率が上がる超過累進税率です。
所得税の速算表では、課税所得が900万円超1,800万円以下の部分について税率33%、1,800万円超4,000万円以下の部分について税率40%となっています。
また、所得税には復興特別所得税も加算されます。
そのため、単純に「1,800万円×33%」と計算するわけではなく、速算控除や所得控除を反映して税額を計算します。
7.所得1,800万円の場合、日本の税金はいくら?
例えば、他の所得がなく、必要経費控除後の所得が1,800万円で、各種所得控除を単純化して考えてみます。
令和8年分の基礎控除などを反映すると、課税所得は1,800万円より低くなります。
そのうえで所得税・復興特別所得税と住民税を概算すると、おおむね600万円前後になるイメージです。
非常に単純化したイメージ
所得 約1,800万円
所得税・復興特別所得税 約430万円前後
住民税 約170万円前後
合計 約600万円前後
したがって、必要経費や所得控除、他の所得を含めた条件によっては、今回の賞金に関連する税負担は400万円~700万円程度になるケースも十分考えられます。
ただし、北口選手には大会賞金以外のスポンサー収入・所属先からの収入等がある可能性があり、実際の税率や税額はこの例とは大きく異なる可能性があります。
8.海外の大会でも、日本で申告が必要?
はい。日本の税務上の居住者で、非永住者に該当しない場合、原則として日本国内だけでなく、海外で得た所得も日本の課税対象になります。
これを一般に「全世界所得課税」といいます。
日本の居住者
↓
日本国内の所得だけでなく
海外で得た所得も原則として日本で申告
したがって、ハンガリーで開催された大会の賞金だからといって、日本で申告しなくてよいということにはなりません。
9.ハンガリーでも税金がかかる可能性がある
今回の競技はハンガリー国内で行われています。
スポーツ選手が現地で行った競技活動から得る所得については、開催国側で課税されることがあります。
実際のハンガリーでの課税・源泉徴収については、ハンガリーの国内法、租税条約、大会側の支払方法等を確認する必要があります。
ここでは説明のため、仮に賞金額の15%相当の外国所得税が現地で課されたケースを考えてみます。
2,300万円 × 15%
= 約345万円
ただし、「ハンガリーでは必ず15%源泉徴収される」という意味ではありません。
実際の税率、課税標準、源泉徴収の有無は、現地税法と大会の支払条件を個別に確認する必要があります。
10.日本とハンガリーの両方で課税されたら二重課税では?
そのまま日本と海外の両方で同じ所得に税金がかかれば、二重課税になります。
そこで日本には、一定の外国所得税について、日本の所得税等から控除する「外国税額控除」という制度があります。
ただし、現地で払った税金が無条件で全額そのまま差し引けるわけではありません。
国税庁が示しているとおり、外国税額控除には控除限度額があります。
所得税の外国税額控除限度額
その年分の所得税額 ×
調整国外所得金額 ÷ 所得総額
控除しきれない場合には、復興特別所得税や地方税の控除限度額、一定の繰越制度なども関係します。
11.「現地で345万円払ったら、日本で345万円そのまま引ける」とは限らない
外国税額控除で誤解しやすいのがこの点です。
例えばハンガリーで345万円の外国所得税を支払ったとしても、必ず日本の所得税から345万円全額をそのまま差し引けるとは限りません。
日本側で計算される外国税額控除の限度額によって、控除できる金額が決まります。
一方で、今回の賞金が国外源泉所得の大きな割合を占めるケースでは、控除できる金額も相応に大きくなる可能性があります。
実務では、外国で発行された納税証明書や源泉徴収関係の書類を保管し、確定申告時に外国税額控除の明細書等を添付して計算します。
12.単純モデルで税負担をイメージすると?
ここまでの内容を、あくまで説明用の仮定でまとめます。
仮定
賞金収入 2,300万円
必要経費 500万円
所得 1,800万円
外国で支払った税金 345万円と仮定
日本で計算される所得税・復興特別所得税・住民税の合計を約600万円前後と仮定すると、外国税額控除を利用することで、日本での追加納税額はその分少なくなります。
例えば外国税額控除で345万円相当を有効に控除できるケースなら、
日本で計算される税負担 約600万円
外国で負担した税金 約345万円
日本で追加負担する税金 約250万~300万円程度
というイメージになります。
この場合、世界全体での税負担はおおむね600万円前後となります。
ただし、これはあくまで外国税額控除を十分利用できると仮定した単純モデルです。
13.結局、手元にいくら残る?
賞金2,300万円について、必要経費が500万円、税負担が合計600万円前後という単純モデルで考えると、
賞金 2,300万円
必要経費 ▲500万円
税金 ▲約600万円
残額イメージ 約1,200万円
となります。
ただし、ここでいう「必要経費500万円」はすでに競技活動のために使った支出です。
「賞金2,300万円から税金だけを引いた手取り」という意味で見れば、税負担400万円~700万円程度なら、税引後の賞金部分は約1,600万円~1,900万円程度という見方もできます。
どの数字を「手取り」と呼ぶかで見え方が変わるため、経費差引後の所得と、税引後の現金残高を分けて考えることが大切です。
14.税金が400万円~700万円と幅がある理由
実際の税負担に幅が出るのは、次のような要素があるからです。
- □ 必要経費がいくらあるか
- □ 他の賞金・スポンサー収入・報酬がいくらあるか
- □ 所得控除がいくらあるか
- □ 青色申告特別控除などが使えるか
- □ ハンガリーで実際にいくら課税されたか
- □ 外国税額控除の限度額はいくらか
- □ 住民税の計算がどうなるか
特に累進課税では、他の所得がすでに高額であれば、追加で得た賞金の一部がより高い税率帯に入る可能性があります。
そのため、賞金だけを切り離して「税金は○○万円」と断定することはできません。
15.オリンピックの報奨金と今回の大会賞金は別物
「北口選手はオリンピック金メダリストだから、賞金も非課税なのでは?」と思う方もいるかもしれません。
しかし、非課税となるのは、所得税法で定められたオリンピック・パラリンピックの一定の報奨金です。
今回のWorld Athletics Ultimate Championshipの優勝賞金は、その非課税制度と同じものではありません。
したがって、「スポーツの賞金だから非課税」ではなく、賞金の支払者・大会・制度上の根拠を確認する必要があります。
税理士事務所からのワンポイント
スポーツニュースで「賞金2,300万円」と聞くと、その金額がそのまま選手の手元に残るように感じます。
しかし、税務では、
収入はいくらか → 必要経費はいくらか → 所得はいくらか → 国内外でどの税金がかかるか → 外国税額控除をどう使うか
という順番で考えます。
これはスポーツ選手だけではありません。
海外取引のある個人事業主、海外で講演をした人、国外の企業から報酬を受け取った人などにも共通する考え方です。
「海外で税金を払ったから日本では申告不要」でも、「日本でも全額二重に払う」でもありません。
海外所得がある場合は、外国税額控除まで含めて確認することが重要です。
まとめ|賞金2,300万円は課税対象。税負担は条件次第
北口榛花選手は、2026年9月12日のWorld Athletics Ultimate Championship女子やり投げで68m92の日本新記録をマークし、優勝しました。
優勝賞金は15万ドル(約2,300万円)です。
この賞金について、税務上のポイントをまとめると次のとおりです。
- 一般の国際大会賞金は原則として課税対象
- 活動実態によって事業所得または雑所得となり得る
- 遠征費・コーチ料・用具代など、必要経費を差し引いて所得を計算する
- 日本の居住者なら海外の賞金も原則として日本で課税対象
- 開催国で外国所得税が課された場合は外国税額控除を検討する
- 外国税額控除には限度額があり、現地税額が必ず全額控除できるわけではない
賞金2,300万円、必要経費500万円という単純例なら、日本の所得税・住民税等はおおむね600万円前後となるイメージです。
実際の経費や他の収入、現地課税、外国税額控除によって大きく変わりますが、賞金に関連する税負担を400万円~700万円程度と見るケースもあり得ます。
ただし、これは北口選手本人の実際の税額を示すものではなく、あくまで税金の仕組みを理解するための試算です。
参考情報
- World Athletics「World Athletics Ultimate Championship Results」
- World Athletics「Prize money breakdown」
- 国税庁「マラソン大会の賞金・褒賞金の課税関係」
- 国税庁「事業所得の概要」
- 国税庁「納税義務者となる個人」
- 国税庁「居住者に係る外国税額控除」
- 国税庁「所得税の税率とは」
- 国税庁「課税される所得と非課税所得」
※本記事は2026年9月14日時点で確認できるWorld Athleticsおよび国税庁の公表情報等をもとに、一般的な税務の考え方を分かりやすくまとめたものです。本文の税額は説明用の概算であり、北口榛花選手本人の実際の所得・経費・納税額を推定または断定するものではありません。ハンガリーでの課税・源泉徴収についても、大会の支払条件、現地法、租税条約等により異なるため、実際の税率や控除額は個別確認が必要です。







