〜親の財産管理・不動産管理・相続対策を考える前に知っておきたい基本〜
高齢化が進む中で、認知症や脳卒中などにより判断能力が低下した場合の財産管理について、不安を感じるご家庭が増えています。
たとえば、親が元気なうちは自宅や預金、不動産を本人が管理できます。しかし、判断能力が低下すると、不動産の売却、賃貸借契約、預金の管理、施設入所費用の支払いなどが思うように進まなくなることがあります。
そのような事態に備える方法の一つが、家族信託です。家族信託は、信頼できる家族に財産の管理・運用・処分を託すことで、認知症などに備えた柔軟な財産管理を実現しやすくする仕組みです。
※本記事は、令和8年6月時点の情報をもとに作成しています。家族信託は民法・信託法・税法・不動産登記などが関係するため、実際に検討する場合は、税理士・司法書士・弁護士などの専門家へご相談ください。
1.判断能力が低下すると、契約行為が難しくなる
認知症や脳卒中などにより判断能力が低下すると、不動産の売買契約、賃貸借契約、預金の解約、リフォーム契約など、本人の意思確認が必要な手続きが難しくなることがあります。
たとえば、次のような場面で支障が出る可能性があります。
- 施設入所費用を準備するために自宅を売却したい
- 空き家になった実家を賃貸したい
- 老朽化した賃貸物件の修繕契約をしたい
- アパートや貸店舗の入居者と賃貸借契約を結びたい
- 相続税対策として不動産の管理方法を見直したい
- 孫への贈与を毎年継続したい
こうした契約行為は、本人の判断能力が十分であることが前提です。判断能力が低下してからでは、家族であっても本人の財産を自由に管理・処分できるわけではありません。
そのため、元気なうちに財産管理の方針を決めておくことが大切です。
2.家族信託とは
家族信託とは、財産を持っている方が、信頼できる家族に財産の管理・運用・処分を託す仕組みです。
家族信託では、主に次の3つの立場が登場します。
- 委託者:財産を託す人
- 受託者:財産を管理・運用・処分する人
- 受益者:財産から生じる利益を受ける人
たとえば、父が所有する自宅や賃貸不動産を長男に信託し、長男が受託者として財産を管理し、父が受益者として賃料収入や生活費の支払いを受ける、という形が考えられます。
この場合、財産の管理権限は受託者である長男に移りますが、財産から得られる経済的利益は、原則として受益者である父に帰属します。そのため、本人の生活費、医療費、介護費、施設入所費用などに活用しやすくなります。
3.家族信託でできること
家族信託を活用すると、本人が元気なうちに決めた契約内容に基づき、受託者が財産を管理できます。
たとえば、次のようなことを信託契約で定めることができます。
- 自宅を管理し、必要に応じて売却する
- 賃貸アパートや貸店舗を管理する
- 家賃収入を本人の生活費や施設費用に充てる
- 修繕・建替え・売却などの判断を受託者が行う
- 預金を本人の医療費・介護費・生活費に使う
- 本人の死亡後の財産承継の流れを定める
特に、不動産を所有している家庭では、認知症により不動産を売却できなくなると、介護施設費用や相続対策に影響が出ることがあります。家族信託を使うことで、将来の管理・売却・運用を家族に託すことができます。
4.家族信託と成年後見制度の違い
判断能力が低下した場合の財産管理制度としては、成年後見制度もあります。成年後見制度は、本人の判断能力が不十分になった場合に、家庭裁判所が選任した成年後見人等が本人の財産を管理する制度です。
成年後見制度は、本人を保護するための制度であり、本人の財産を守ることが重視されます。そのため、財産の積極的な運用、相続税対策のための不動産活用、家族の希望に沿った柔軟な財産承継などは難しい場合があります。
一方、家族信託は、本人が判断能力のあるうちに契約を結び、財産管理の目的や方法をあらかじめ決めておく制度です。本人や家族の希望に沿った柔軟な財産管理をしやすい点が特徴です。
ただし、家族信託は本人が十分な判断能力を有しているうちに契約する必要があります。認知症が進んでからでは、家族信託契約を結ぶことが難しくなる場合があります。
5.信託した財産は「家族名義」になるが、自由に使えるわけではない
家族信託では、信託した財産の名義は受託者である家族に移ります。たとえば、不動産を信託した場合、登記上の所有者は受託者名義に変更されます。預金についても、信託口口座などを用いて管理することがあります。
ただし、受託者はその財産を自分のために自由に使えるわけではありません。信託契約で定められた目的に従い、受益者である本人のために管理する必要があります。
家族信託では、本人固有の財産と信託財産を分けて管理することが重要です。受託者個人の財産と混同してしまうと、後の相続や税務申告でトラブルになる可能性があります。
6.家族信託と税金の注意点
家族信託を組成するときは、税金の取扱いにも注意が必要です。家族信託は「財産の名義が変わる」ため、贈与税や譲渡所得税が心配になる方も多いところです。
税務上は、誰が信託財産から利益を受けるのか、つまり「受益者」が重要です。信託を設定した時点で、適正な対価を負担せずに受益権を取得した人がいる場合には、贈与税が課税されることがあります。
たとえば、父が財産を信託し、父自身が引き続き受益者となる場合には、経済的利益は父に残るため、通常はその時点で贈与税が問題になりにくい設計が考えられます。一方で、子や孫を受益者にする場合には、贈与税や相続税の問題が生じる可能性があります。
また、信託財産から生じる不動産所得や配当所得などは、誰に帰属するかを確認する必要があります。家族信託は契約設計によって税務上の取扱いが大きく変わるため、税理士への事前確認が不可欠です。
実務ワンポイント|「信託の計算書」の提出義務
家族信託がスタートし、信託財産から年間3万円以上の収入
(賃貸アパートの家賃収入など)がある場合、
受託者は、原則として毎年1月31日までに、
その内容を記載した「信託の計算書」と
「信託の計算書合計表」を税務署へ提出する必要があります。
このように、家族信託は契約書を作って終わりではありません。
信託開始後も、収入・支出の管理、信託財産の区分管理、税務署への提出書類など、
継続的な税務手続きが発生することがあります。
運用開始後の管理も含めて、税理士と連携して進めることをおすすめします。
7.相続税対策として使う場合の注意点
家族信託は、認知症対策としてだけでなく、相続対策の一環として検討されることもあります。
たとえば、本人が元気なうちに賃貸不動産の管理や修繕、将来の売却方針を家族に託しておけば、本人の判断能力が低下した後も、一定の範囲で財産管理を継続できます。
ただし、家族信託をしただけで相続税が大きく減るわけではありません。信託財産は、信託の内容に応じて相続税の課税対象となることがあります。家族信託は、節税そのものよりも、財産管理と承継を円滑にするための仕組みとして理解することが大切です。
相続税対策を目的にする場合は、財産評価、相続人関係、納税資金、遺留分、遺言書、生命保険、生前贈与なども含めて総合的に検討する必要があります。
8.家族信託を検討した方がよいケース
次のような方は、家族信託を検討する価値があります。
- 親が高齢で、認知症による財産凍結が心配
- 自宅を将来売却して施設費用に充てたい
- 賃貸不動産を所有している
- 空き家になる可能性のある実家がある
- 不動産の修繕・管理・売却を家族に任せたい
- 成年後見制度だけでは柔軟な管理が難しいと感じている
- 相続発生後の財産承継の流れも決めておきたい
- 家族間で財産管理について事前に話し合っておきたい
家族信託は、早めに検討するほど選択肢が広がります。親の判断能力が十分なうちに、家族で方針を話し合うことが大切です。
9.家族信託で注意すべきポイント
家族信託は便利な制度ですが、万能ではありません。契約内容を十分に検討せずに進めると、後でトラブルになる可能性があります。
特に、次の点には注意が必要です。
- 本人に契約内容を理解できる判断能力があるか
- 受託者に財産管理を任せられるか
- 信託財産と個人財産を分けて管理できるか
- 他の相続人が納得しているか
- 贈与税・相続税・所得税の課税関係を確認しているか
- 不動産登記や金融機関の手続きに対応できるか
- 遺言書や任意後見制度との関係を整理しているか
家族信託は、契約書を作れば終わりではありません。その後の財産管理、帳簿・通帳管理、収支報告、税務申告まで見据えて設計する必要があります。
10.税理士事務所ができるサポート
家族信託は、法律・登記・税務が複雑に関係する制度です。当事務所では、相続税・贈与税・所得税の観点から、家族信託を検討される方のサポートを行っています。
- 家族信託を行う場合の税務上の注意点の確認
- 信託財産に関する相続税・贈与税の確認
- 不動産所得がある場合の所得税申告の整理
- 相続税対策としての有効性の確認
- 遺言書・生前贈与・生命保険との比較検討
- 信託後の収支管理・資料整理のアドバイス
- 信託の計算書・信託の計算書合計表の提出要否確認
- 司法書士・弁護士など他士業との連携
家族信託の契約書作成や登記は、司法書士・弁護士等の専門家と連携して進める必要があります。税務面では、信託の設計段階から税理士が関与することで、思わぬ贈与税や相続税の問題を避けやすくなります。
11.まとめ|家族信託は「元気なうち」に検討する制度です
認知症や脳卒中などで判断能力が低下すると、不動産の売却、賃貸物件の管理、預金の管理、相続対策などが思うように進まなくなることがあります。
家族信託は、本人が元気なうちに信頼できる家族へ財産管理を託すことで、将来の財産凍結リスクに備える制度です。
ただし、家族信託は税金・登記・契約実務が複雑です。受益者の設定、信託財産の範囲、相続税・贈与税の課税関係を十分に確認する必要があります。
「親が高齢で不動産管理が心配」「認知症になる前に対策したい」「相続税や贈与税の問題も含めて相談したい」という方は、早めに専門家へ相談しましょう。
家族信託・相続対策のご相談はこちら
澤田匡央税理士事務所では、相続税申告・生前贈与・不動産評価・相続対策のご相談をお受けしています。家族信託を検討される場合も、税務面から注意点を整理し、必要に応じて司法書士・弁護士などの専門家と連携してサポートします。
認知症による財産管理の不安、不動産の承継、相続税対策でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。







