物価高対策の一つとして、「飲食料品に係る消費税ゼロ」という議論が注目されています。
消費者から見ると、どの制度でも「食品に消費税がかからない」ように見えるかもしれません。
しかし、事業者にとっては、制度設計によって消費税申告・利益・資金繰りに大きな違いが生じます。
特に重要なのは、飲食料品の取引を
税率0%の課税取引(免税取引)として扱うのか、
それとも非課税取引として扱うのかという点です。
どちらも売上時に預かる消費税は0円になりますが、
仕入時に支払った消費税を控除できるかどうかが異なります。
本記事は、現時点で制度が確定していない政策議論を前提に、
事業者が確認しておきたい消費税の基本と実務上の注意点を解説します。
1.現行制度では、飲食料品は軽減税率8%が基本です
現在の消費税では、標準税率10%と軽減税率8%が設けられています。
軽減税率の対象となる飲食料品は、食品表示法に規定する食品で、
人の飲用または食用に供されるものをいいます。
ただし、酒類、外食、ケータリング等は、原則として軽減税率の対象外であり、
標準税率10%となります。
また、食品と食品以外のものが一体となって販売される「一体資産」については、
税抜価額が1万円以下で、食品部分の価額が全体の3分の2以上であるなど、
一定の要件を満たす場合に軽減税率の対象となります。
そのため、現行制度でも、飲食料品・外食・一体資産・酒類などを区分して処理する必要があります。
今後、仮に「飲食料品に係る消費税ゼロ」が導入される場合でも、
対象範囲の線引きが非常に重要になると考えられます。
2.税率0%の課税取引(免税取引)と非課税取引は違います
「消費税がかからない」と聞くと、税率0%も非課税も同じように思えるかもしれません。
しかし、消費税の仕組み上、この2つは大きく異なります。
(1)税率0%の課税取引(免税取引)とは
税率0%とは、取引自体は課税取引でありながら、適用税率を0%とする考え方です。
消費税法上の「免税取引」としては輸出取引などが代表例で、
輸出取引は課税資産の譲渡等に当たるものの、一定の要件を満たす場合に売上に係る消費税が免除されます。
重要なのは、免税取引は課税取引の一種であるため、
その売上に対応する仕入に係る消費税について、
原則として仕入税額控除ができるという点です。
なお、ここでいう「免税取引」は「免税事業者」とは別の概念です。
(2)非課税取引とは
非課税取引とは、消費税の性格や社会政策的配慮から、
そもそも消費税を課さない取引として定められているものです。
土地の譲渡、預貯金や貸付金の利子、有価証券の譲渡などが代表例です。
非課税取引の場合、売上に係る消費税は発生しません。
しかし、その非課税売上に対応する仕入に係る消費税は、
原則として仕入税額控除の対象になりません。
そのため、事業者にとっては仕入や経費に含まれる消費税がコストとして残る可能性があります。
3.仕入税額控除とは何か
消費税の納付税額は、原則として、
課税売上に係る消費税額から、課税仕入れ等に係る消費税額を差し引いて計算します。
この差し引く仕組みを仕入税額控除といいます。
国税庁は、仕入税額控除の対象となる課税仕入れとして、
商品・原材料の購入、事業用資産の購入や賃借、
広告宣伝費、接待交際費、通信費、水道光熱費、事務用品、修繕費、外注費などを挙げています。
一方で、給与等の支払いは課税仕入れにはなりません。
ただし、加工賃、人材派遣料、警備や清掃の委託料など、
事業者から役務提供を受ける場合には課税仕入れとなります。
4.本則課税では、課税売上割合によって控除方法が変わります
本則課税で消費税を計算する場合、
仕入控除税額の計算方法は事業者の規模や課税売上割合によって異なります。
(1)課税売上高5億円以下かつ課税売上割合95%以上の場合
課税期間中の課税売上高が5億円以下で、課税売上割合が95%以上の場合には、
課税仕入れ等に係る消費税額の全額を控除できます。
(2)課税売上高5億円超または課税売上割合95%未満の場合
課税売上高が5億円を超える場合、または課税売上割合が95%未満の場合には、
課税仕入れ等に係る消費税額の全額を控除できません。
課税売上に対応する部分のみを控除します。
この場合、仕入控除税額は
個別対応方式または一括比例配分方式によって計算します。
(3)個別対応方式
個別対応方式では、課税仕入れ等に係る消費税額を次の3つに区分します。
- 課税売上げにのみ要する課税仕入れ等に係るもの
- 非課税売上げにのみ要する課税仕入れ等に係るもの
- 課税売上げと非課税売上げに共通して要する課税仕入れ等に係るもの
そのうえで、課税売上げにのみ要するものは全額控除し、
共通対応分は課税売上割合を乗じて控除します。
非課税売上げにのみ要するものは控除できません。
(4)一括比例配分方式
一括比例配分方式では、課税仕入れ等に係る消費税額の合計額に
課税売上割合を乗じて仕入控除税額を計算します。
なお、一括比例配分方式を選択した場合には、
原則として2年間以上継続して適用した後でなければ、
個別対応方式へ変更することはできません。
5.税率0%になった場合の事業者への影響
飲食料品の売上が税率0%の課税取引、つまり免税取引に近い扱いとされた場合、
売上時に預かる消費税は0円になります。
しかし、その取引は課税取引であるため、
仕入や経費に係る消費税は原則として仕入税額控除の対象になります。
食品小売業、食品卸売業、食品製造業などでは、
包装資材、設備、広告宣伝費、配送費、店舗家賃、電気代などに消費税が含まれています。
税率0%方式で仕入税額控除が認められれば、
これらの消費税を控除できるため、事業者負担は比較的小さくなりやすいといえます。
本則課税で申告している事業者では、売上に係る消費税より仕入に係る消費税が多くなる場合、
還付が発生する可能性もあります。
特に食品スーパーや食品卸売業など、飲食料品の売上割合が高い事業者では、
恒常的に還付申告となる可能性もあります。
ただし、還付申告は税務署の確認対象になりやすく、
仕入内容、在庫状況、売上区分、取引先との請求書の整合性などについて説明を求められることがあります。
そのため、インボイスの保存や帳簿の記帳水準が、今以上に問われるようになると考えられます。
帳簿・請求書・棚卸資料を正確に整えておくことが重要です。
6.非課税になった場合の事業者への影響
飲食料品の売上が非課税取引とされた場合も、売上時に預かる消費税は0円です。
しかし、税率0%の場合と異なり、
非課税売上に対応する仕入や経費に係る消費税は、原則として仕入税額控除できません。
そのため、包装資材、店舗設備、広告宣伝費、配送費、外注費、店舗家賃、水道光熱費などに含まれる消費税が、
事業者のコストとして残る可能性があります。
特に、利益率が低い食品小売業や食品卸売業では、利益を圧迫する要因になり得ます。
また、課税売上と非課税売上が混在する事業者では、
課税売上割合が低下し、控除できる仕入税額が減少する場合があります。
飲食料品以外の商品も扱っている事業者、外食・テイクアウト・物販が混在している事業者では、
税区分の管理がより重要になります。
7.インボイス制度への影響も異なります
税率0%の課税取引となる場合と、非課税取引となる場合では、
インボイス制度への影響も異なります。
税率0%の課税取引であれば、取引自体は課税取引であるため、
取引先が仕入税額控除を行うために、適格請求書の保存が必要になる場面が想定されます。
したがって、事業者側にもインボイス発行や税率区分の管理が引き続き必要になる可能性があります。
一方、非課税取引となった場合、その売上については消費税が課されないため、
原則として適格請求書を発行する対象にはなりません。
ただし、課税取引と非課税取引が混在する場合には、
請求書や会計処理上の区分が重要になります。
8.簡易課税制度を選択している事業者は特に注意が必要です
簡易課税制度では、実際の仕入税額を積み上げるのではなく、
売上に係る消費税額にみなし仕入率を乗じて仕入控除税額を計算します。
ここで問題となるのは、仮に飲食料品の売上が税率0%の課税取引となった場合、
売上に係る消費税額が0円になるという点です。
簡易課税は「売上税額 × みなし仕入率」を前提にしているため、
0円にみなし仕入率を乗じても仕入控除税額は0円となり、
実際には仕入や経費に消費税を支払っていても、還付につながらないという構造的な問題が生じます。
つまり、税率0%方式が導入された場合でも、
本則課税では還付が生じ得る一方、簡易課税ではそのメリットを受けにくい可能性があります。
食品小売業、飲食料品の卸売業、テイクアウト中心の飲食店など、
簡易課税を選択している事業者にとっては、制度設計次第で非常に大きな論点になります。
今後、簡易課税制度について特例的な取扱いが設けられるのか、
それとも現行の計算構造を前提にするのかは、法改正や国税庁のQ&A等を確認する必要があります。
影響が大きい事業者は、本則課税と簡易課税の選択について、
早めにシミュレーションしておくことが重要です。
9.レジ・会計ソフト・請求書の対応が必要になります
税率や取引区分が変更される場合、
事業者はPOSレジ、販売管理システム、会計ソフト、請求書・領収書の様式を見直す必要があります。
- 飲食料品とそれ以外の商品を正しく区分できるか
- 外食、テイクアウト、宅配、ケータリングを区分できるか
- 税率0%または非課税の税区分を会計ソフトで処理できるか
- インボイスの税率別区分や消費税額の記載に対応できるか
- 課税売上割合に影響が出る場合、仕入税額控除の計算に対応できるか
制度変更後に慌てて対応するのではなく、
売上区分や仕入区分を整理し、システム面の対応可否を早めに確認しておくことが大切です。
10.価格設定と資金繰りにも注意しましょう
消費者からは「消費税がゼロになるなら、その分価格が下がるはず」と受け止められやすくなります。
しかし、事業者側では、税率0%か非課税かによって、実際のコスト構造が変わります。
税率0%で仕入税額控除が認められる場合は、事業者負担は比較的小さくなりやすい一方、
非課税となり仕入税額控除が制限される場合には、
仕入や経費に含まれる消費税がコストとして残る可能性があります。
そのため、単純に「消費税分だけ値下げすればよい」と考えるのは危険です。
利益率、仕入税額控除、システム対応費、価格表示、取引先との契約条件を踏まえて、
価格設定と資金繰りを見直す必要があります。
11.事業者が今から確認しておきたいポイント
- 自社の売上を飲食料品・外食・ケータリング・その他商品に区分できているか
- 課税売上割合がどの程度変化する可能性があるか
- 本則課税と簡易課税のどちらが有利か
- 簡易課税の場合、0%課税導入時に仕入控除税額がどう計算されるか
- 仕入税額控除が制限された場合の利益への影響額はいくらか
- 還付申告となる場合、帳簿・請求書・棚卸資料を整備できているか
- レジ・会計ソフト・販売管理システムが新しい税区分に対応できるか
- インボイスの記載方法や取引先対応に変更が必要か
- 価格表示や価格改定の方針をどうするか
12.まとめ
「飲食料品に消費税をかけない」という制度は、
消費者にとっては分かりやすい物価高対策に見えます。
しかし、事業者にとっては、税率0%の課税取引になるのか、
非課税取引になるのかによって、消費税申告・仕入税額控除・利益計画への影響が大きく変わります。
税率0%であれば仕入税額控除ができるため、事業者負担は比較的小さくなりやすい一方、
食品スーパーなどでは恒常的に還付申告となり、帳簿・インボイス・棚卸資料の正確性がより重要になります。
一方、非課税であれば仕入や経費に含まれる消費税がコストとして残る可能性があります。
また、簡易課税制度を選択している事業者では、
売上税額が0円になると、みなし仕入率による計算が実質的に機能しにくくなる可能性があります。
制度内容はまだ確定していないため、今後の議論や法改正の動向を注視しながら、
自社の売上区分、課税方式、仕入税額控除、レジ・会計ソフト対応、価格設定への影響を確認しておくことが重要です。
制度改正の影響試算や消費税申告の見直しについては、税理士へご相談ください。
参考資料
- 国税庁「No.6205 非課税と免税の違い」
- 国税庁「No.6451 仕入税額控除の対象となるもの」
- 国税庁「No.6401 仕入控除税額の計算方法」
- 国税庁「No.6505 簡易課税制度」
- 国税庁「消費税の軽減税率制度に関するQ&A目次一覧」
- 国税庁「飲食料品の譲渡の範囲等」
※本記事は、現行の消費税制度と公開情報をもとに作成しています。
「飲食料品に係る消費税ゼロ」の制度内容は未確定であり、今後の法改正・通達・国税庁Q&A等により取扱いが変わる可能性があります。
公開時・更新時には最新情報をご確認ください。







